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広島高等裁判所松江支部 昭和24年(ラ)2号 決定 1949年3月25日

抗告人

馬淵分也

相手方

右代表者法務総裁

殖田俊吉

主文

原決定を取消す。

理由

本件抗告理由の要旨は、

原裁判所は「本件訴状によれば原告が本訴の請求原因として主張するところは、要するに前記勅令(昭和二十一年二月一日公布即日施行せる勅令第六十二号恩給法の特例に関する件第一条第六号)は憲法違反で無効である。よつて同令に基き恩給局が被告に対する扶助料の支給を停止したのは不当であるから、原告の既得権に基きその支拂を求めるというにあつて、本件は行政事件訴訟特例法第二条に所謂行政庁の違法処分の取消を求める訴に該当するものと解すべく地方裁判所支部設置規則第一条により鳥取地方裁判所に移送すべきもの」との理由により、本件を鳥取地方裁判所に移送するとの決定をした。しかし本件訴訟は日本國憲法第八十一条に基き、被告の命令が憲法に不適合なりとの決定を求める違憲請求とこれに牽連せる前記勅令第一条第六号の不存在を訴因とする損害賠償請求との併合訴訟であつて行政事件訴訟特例法第一条に規定する行政庁の違法な処分の取消又は変更に係る訴訟にもはたまた同条謂うところのその他公法上の権利関係に関する訴訟にも該当しないものである。

何故かというに特例法第一条謂うところの行政庁の違法な処分とは有効な法令の存在を前提として、これに基く適法行爲の処分がなくてはならぬ場合に、違法な処分があつたときのことをいうのであるが、憲法第八十一条に法律命令規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定するとあるのは、その処分が他の法令に適合した場合であつても憲法に適合しない場合をいうのであつて、右特例法第一条謂うところの行政庁の違法な処分の取消変更とはその趣旨を異にするものであり、又特例法第一条に謂うところの公法上の權利関係に関する訴訟とは法の存在を認めそれを前提としてその法上の権利関係の爭に関するものをいうのであるが、本件訴訟は前記勅令第一条第六号の無効若しくは不存在を訴因とするものであつて、右特例法の如く法の存在を認める公法上の権利関係の訴訟とは、所謂請求の基礎を異にするものだからである。しかるに原決定が本件訴訟の訴因は前記勅令第一条第六号の違憲決定を求めるものであることを認めながら、なお本件を特例法第二条の違法処分の取消を求める訴に該当すると解したのは、憲法第八十一条列挙するところの訴訟物の認識を誤つた違法の決定であるから、その取消を、求めるため本抗告に及んだものであると謂うにある。

よつて案ずるに、地方裁判所支部設置規則第一条において、地方裁判所支部の権限から除外することを規定されている所謂行政庁の違法な処分の取消又は変更の請求に係る事件に関する事務というのは、行政事件訴訟特例法第二条に所謂行政庁の違法な処分の取消又は変更を求める訴に該当する事件に関する事務をいうものであることは、疑の餘地のないところである。元來行政庁の処分は、それが有効な法令に基く権限を有する機関によつて爲されしかも形式上一応有効なものと認められる外観を備えているときは、仮令手続上内容上違法な点があつても、それが取消されるまでは有効なものであつて違法な点がありとして取消されて始めて無効となるもので、行政事件訴訟特例法第二条に謂うところの違法な処分とはまさにこの種の処分を指しその処分が憲法に違反するとか、事実上又は法律上効力を發生することが不能の場合の如き、当然無効のものはこれを含まないものと解するのを相当とする。されば前示規則第一条、特例法第二条の所謂行政庁の違法な処分の取消又は変更を求める訴訟には、「行政庁の処分の当然無効若しくは不存在を前提として無効確認や給付を求める種類の訴訟を含まぬ」ことは、当然の帰結であるところで本件訴状によると、本件訴状において抗告人は前記勅令第一条第六号が日本国憲法第十三条第十四条に違背せる当然無効のものであることを主張してその無効の確認を求め、なおこれに牽連して扶助料支給停止に因る損害賠償を請求するものであるから、本件訴訟は前示地方裁判所支部設置規則第一条及び行政事件訴訟特例法第二条に所謂行政庁の違法処分の取消又は変更を求める訴に該当しないことはまことに明らかである。然し叙上の樣な抗告人の執つた本訴の請求趣旨の構成には法律的に疑問があるのであつて尚釈明を求むべき餘地がある原審のとつた解釈のように本訴は違法な行政処分の取消又は変更を求める所謂抗告訴訟だとするならば被告はその違法な行政処分を爲した処分庁でなくてはならないしその処分庁の如何によつては鳥取地方裁判所には管轄権がないことにもなるのであるから原審としては充分釈明権を行使して抗告人たる原告の本訴請求の法律的構成を明らかにすべきであつたのに之を爲さず直ちに本訴を行政処分の取消変更を求める所謂抗告訴訟として本件訴訟を鳥取地方裁判所に移送する旨の決定をしたのは失当であつて、これが取消を求める本件抗告はもつともであるから主文の通り決定する。

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